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東京地方裁判所 昭和33年(むのイ)432号 決定

東京都江東区南砂町四丁目一番地

申立人

真鍋寛信

右代理人弁護士

大野正男

小島成一

松本善明

右申立人に対する公職選挙法違反被疑事件につき、東京簡易裁判所裁判官が昭和三十三年五月二十二日附で発付した捜索差押許可状のうち差押許可の裁判に対し、右代理人から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は審理のうえ、次のとおり決定する。

主文

申立人に対する公職選挙法違反被疑事件につき、東京簡易裁判所裁判官がなした昭和三十三年五月二十二日附捜索差押許可状による差押許可の裁判はこれを取消す。

理由

一、申立代理人は主文と同趣旨の決定を求め、その申立の理由とするところは、末尾添附の申立書写に記載するとおりであるから、ここにこれを引用する。

二、よつてまず、本件令状の発付ならびにこれらによる差押処分の点について調査するに、取寄せにかかる資料によれば、次のとおり認めることができる。すわなち、東京簡易裁判所裁判官向井周吉は、申立人に対する公職選挙法違反被疑事件につき、世田谷警察署司法警察員三矢金吾の請求により、昭和三十三年五月二十二日附をもつて、被疑者を「真鍋寛信」、罪名を「公職選挙法違反」捜索すべき場所を「東京都千代田区大手町一の一東京国税労働組合事務所」差押えるべき物を「本件犯罪に関係ある文書簿冊その他の関係文書(頒布先メモ、頒布指示文書、同印刷関係書類等)及び犯罪に関係あると認められる郵送関係物件(封筒印鑑等)」、有効期間を「昭和三十三年五月二十九日まで」とする捜索差押許可状を発付し、世田谷警察署司法警察員警部補藤本準吉は、右令状に基き、その有効期間内である同年同月二十三日右令状に示された捜索場所において捜索し、末尾添附の押収収品目録に記載する書類物品等を差押え、右差押は現に継続中のものである。

三、よつて進んで本件差押の裁判が申立代理人主張のように、違憲違法のものであるか否かの点につき判断する。申立代理人は第一の理由として、本件令状に記載された「公職選挙法違反」という罪名では、罪名の特定が不十分であると論難するので、まずこの点につき考える。

そもそも差押は物の占有の取得を目的とする強制処分であつて、相手方の財産権を侵害するものであるところから、人の物の所持の安全を図るため、憲法第三十五条は捜査機関が差押をなすには、同法第三十三条の場合を除いては、押収するものを明示する司法官憲の令状に基くことを要するものとし、かつ刑事訴訟法第二百十九条は右令状には罪名を記載すべきことを要求している。しかして右令状中に罪名の記載が要求せられている理由は、同条によつて要求せられている被疑者の氏名の記載と相まつて、いかなる被疑事件について差押がなさるべきであるかということを明らかにしこれを持定するとともに、令状が捜査機関によつて恣に右持定事件以外の他の被疑事件の捜査に流用せられることを防止し、もつて相手方の財産権を保護するとともに、被疑者を不法なる探索的差押からまもる趣旨に出たものであることは否定できない。しかし、かような差押処分に際する相手方及び被疑者の保護は、むしろ憲法第三十五条及び刑事訴訟法第二百十九条によつて要求せられる令状中における差押物件の特定によつてはじめてこれを全うすることができるものであつて、単なる罪名の記載のみによつて十分に右の目的を達成することの困難であることはいうまでもないところであるから、法は、捜査機関の差押の濫用防止の機能は主として令状中における差押物件の特定によつてこれを賄うべきものとし、罪名の記載による人権保障的機能については極めて軽い意義しか認めていないものと解して差支ないものというべきである。なおまた、法が令状中における差押物件の明示の外に、被疑事件を特定することによつて完全に令状の濫用を防止しようとするならば、逮捕状の場合のように、罪名の外被疑事実の記載をも要求すべき筈であるにかかわらず、差押令状については、被疑事実の記載を求めず、被疑者の氏名の外罪名の記載のみをもつて被疑事件の特定性を明らかにしようとしているに止まつていることによつても右の法理を推知するに十分である。してみれば、差押令状に記載すべき罪名は、公職選挙法違反のように、幾種類もの犯罪構成要件を規定する法律の違反事件の場合においては、被疑事実が該当する具体的な法条を記載する等の方法により、他の同法違反の罪と区別し得るように、その罪名を記載することがのぞましいことは勿論であるが、単に公職選挙法違反と記載したとしてもこれを目してあながち違法であるということはできないものと解すべきである従つて本件許可状には、所論のごとき瑕疵はなく、この点に関する申立代理人の主張は理由がない。

四、次、差押物件の特定が不十分であるという第二の主張につき考える。

前段説示のように、憲法第三十五条は差押令状については、押収すべき物の明示を要求し、刑事訴訟法第二百二十二条、第百十条は処分を受ける者にこれを示さなければならない旨を規定している。

法が差押令状に押収すべき物の明示を要求する理由は、被疑者の氏名及び罪名の記載と相まつて、特定の被疑事件について捜査機関に附与すべき差押権限の範囲を明確にし、これによつて、一方捜査機関が差押権限を濫用し、権限外の物件を差押えることによつて処分を受ける者の物の所持の安全を害することのないことを期しようとするとともに、他方、捜査機関が差押処分をなすに際しては、差押令状を相手方に示すべきことを要求し(刑事訴訟法第二百二十二条第百十条)、また責任者の立会を必要とすることにより(同法第二百二十二条第百十四条)もし捜査機関においてその附与された差押権限を超えて権限外の物まで不法に差押えた場合においては、相手方は、右令状の記載に照して直ちに異議を述べ、または、刑事訴訟法第四百三十条により裁判所に対し違法な差押処分取消を請求することができるようにし、もつてその財産権を防衛することを可能ならしめる趣旨に出たものというべきである。

しかして、令状中に差押物件を明示するには、差押えるべき物を一々個別的に、その名称、形状、特質等を具体的に記載することが法の理想とするところというべきであるが、捜査の実際においては、かかる厳格な記載方法を要求することは、場合によつては不可能であり、かりに不可能でないにしても、これを要求することにより捜査の目的を十分に達し得なくなる虞のある場合も少くないから、抽象的概念的説明を附加することにより、差押物件を概括的に記載特定することもまた止むを得ない方法として許さるべきものといわなければならない。しかし、かかる抽象的概括的記載方法も無条件に許されるわけではなく、前述の法が令状中に差押物件を明示すべきことを要請する根本趣旨を没却するに至つては、その令状は差押物件の明示を欠く違憲違法のものというべきである。

いま、かような見地から、本件差押許可状のうち前記認定の差押えるべき物についての記載部分を検討する。

まず、差押えるべき物として記載された文言中、括孤内の部分を除いて読むと本件犯罪に関係ある文書、簿冊その他の関係文書及び犯罪に関係あると認められる郵送関係物件ということになる。つまりこの記載は、文書、薄冊、郵送関係物件という広範囲の書類物件を「本件犯罪に関係ある」、または「犯罪に関係あると認められる」という抽象的説明によつて限定したものと解せられる。しかし、「本件犯罪」とは一体何を意味するであろうか。令状の請求者とその発付者がその意味するところを熟知しているのは当然であるが、その他の者殊に差押処分に立会う者としては、罪名欄に記載された公職選挙法違反被疑事件を意味するものと推知できるだけである。しこうして、同じく公職選挙法違反といつても、その犯罪の構成要件は様々であるから、いわゆる「本件犯罪に関係ある」という抽象的説明は、その限定作用において極めて薄弱不十分というそしりを免れない。

次に右記載文言中の括弧内の記載につき、その本文との関連性において考えるのに、右括弧内の記載はいずれも「等」という表現で結んでいることからして、「頒布先メモ、頒布指示文書、同印刷関係書類」という書類は「その他の関係文書」の例示としてまた「封筒印鑑」という物件は「郵送関係物件」の例示として、それぞれ意味を持つものにすぎないものと考えられる。従つて「その他の関係文書」及び「郵送関係物件」中には例示以外の書類物件を包含することが当然であり、しかもこれらの物件については、前記のように限定作用において殆んど無意味の「本件犯罪に関係ある」または「犯罪に関係あると認められる」という説明が加わつているに過ぎないから、右本文を右括孤内の記載との関連において考えても、差押物件の特定としては法が要請する前記根本趣旨に応えているものと認め難い。もつとも、もし捜査実務に精通した者がこれらの例示的記載を読むときは、罪名欄に記載された公職選挙法違反という文言と相まつて、本件令状は公職選挙法違反のうち、被疑者が関与する法定外文書の頒布罪という被疑事件を捜査するために発付せられたものであり、したがつて、本文中に記載された「本件犯罪に関係ある文書簿冊その他の関係書類」とは、なんらかの法定外文書の頒布のために使用もしくは用意された文書簿冊等の書類を意味し、いわゆる「犯罪に関係あると認められる郵送関係物件」とは、右法定外文書の郵送のため使用もしくは用意された物件を意味するものと推認しうるかも知れない。したがつて、或は本件記載をもつて差押物件の特定としてすでに十分であると解する余地もあり得るかも知れない。しかし、かかる推理判断の能力は通常人には到底期待し難いところであつて、右例示的記載があるからといつて差押えるべき物が右法定外文書の頒布罪に関する文書物件に限定せられているものと理解することはできない。

されば、本件差押の裁判は憲法第三十五条、刑事訴訟法第二百十九条に規定する差押物件の特定という要件を満足しない違法の裁判であり、この瑕疵はまさに刑事訴訟法第四百二十九条による取消の理由にあたるものと認めるべきである。

よつて、原裁判中差押許可の裁判を取消すこととし、刑事訴訟法第四百三十二条第四百二十六条第二項により、主文のとおり決定する。

昭和三十三年六月十二日

東京地方裁判所刑事第十三部

裁判長裁判官 伊達秋雄

裁判官 伊東秀郎

裁判官 松本一郎

準抗告の申立

申立人 真鍋寛信

東京都千代田区麹町一ノ四竹工堂ビル二階

右申立人弁護人

弁護士 大野正男

東京都新宿区四ツ谷一ノ二

右申立人弁護人

弁護士 小島成一

同 松本善明

被疑者、真鍋寛信に対する公職選挙法違反被疑事件につき、昭和三十三年五月二十二日東京簡易裁判所裁判官向井周吉より東京都千代田区大手町一ノ一東京国税労働組会事務所に対する捜索差押許可状が発せられましたが、右命令は違法でありますので、その取消を求める次第です。

申立の理由

一、申立人は、東京国税労働組合執行委員長の地位にあり、捜査場所たる東京国税労働組合事務所の管理者であり、且被疑者である。

二、而して、前記捜索差押許可状は左の理由により違法である。

(1) 罪名の特定が不充分である。

前記捜索差押許可状には、罪名として「公職選挙法違反」とのみ記載されている。

通常刑法犯については、「窃盗」「強盗」と云つた具合に罪名が明瞭に特定されているが、特別法関係の犯罪については従前から何故か「……法違反」と記載されるのみで、当該特別法に包含されている多数の罰則の中いづれに該当するか一向に明確にされない。

そもそも差押許可状に罪名の記載が要求される所以は、罪名によつて事件を特定し、捜査官憲が恣に他の事件に令状を流用し、不当に押収物件が拡大するのを防止するにあるのだから令状の流用、濫用ができないよう、出来るだけ明確にされなければならない。

特に令状制度が憲法によつて保障された国民の基本的人権を保護するものであることに鑑み、罪名の記載も単に便宜的な名称の問題として忽がせにすべきでなく、可能な限り明確な特定が要求されていると考えるべきである。

このようにして、唯漫然と「……法違反」と記載することは、令状制度の意義を軽視するも甚だしいものであつて、これによつては刑事訴訟法第百七条第一項に規定する罪名の記載がなされなかつたというべきである。

(2) 差押えるべき物が特定されていない。

前記捜索差押許可状には、差押えるべき物の表示として

「本件犯罪に関係ある文書簿冊その他の関係文書(配布先メモ、頒布指示文書、同印刷関係書類等)及び、犯罪に関係あると認められる郵送関係物件(封筒、印鑑等)」

と記載されている。

然しながら、日本国憲法第三十五条第一項に依れば、

「何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は……捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない」と規定し、差押えるべき物を明示することを要求している。

而して、その法意は、刑事訴訟法第百十四条の立会人制度の規定を見ても分るように、捜索、差押によつて不利益を受ける住居主等を、捜査官憲の専恣な判断による不当な捜索、差押から守り、万が一かかる不当な捜索、差押がなされた場合には、令状の明確な記載をよりどころとしてその場で直ちに抗議をなし、自らの利益を守る機会を保障するにある。従つて差押えるべき物の表示は、住居主等が捜査官憲の専恣を抗議し得る客観的よりどころとなり得る程度に明瞭でなければならない。

しかるに前記捜索差押許可状は、「本件犯罪に関係ある」か否かに依つて物件を特定しようとしているが、前述の如く本件犯罪は「公職選挙法違反」とあるのみで、多数の罰則を有する公職選挙法のどの規定に違反する犯罪なのか明確でないから、これによつては何等特定されない。

又、「関係ある文書簿冊或いはその他関係文書」と云う極めて概括的な規定では、捜査官憲の恣意により、不当な範囲に迄差押の及ぶ可能性があり、「関係あると認められる」物と云うに至つては現場で捜査官憲が関連ありと認定しさえすれば如何なる範囲にも及び得る可能性があり、到底特定されていると云い得ない。

従つてかゞる表示では、到底右の如き、客観的よりどころたるを得ず、差押えるべき物を明示したものとは云い難い。

三、以上の如く前記捜索、差押許可状は違憲、違法なものであるのでこれが取消を求める次第である。

準抗告申立理由補充書

一、裁判官向井周吉の差押許可の裁判は違法のものであるから取消さるべきものである。

(1) 右許可状は差押許可令状としては日本国憲法第三十五条第一項に違反するものである。

即ち、同条項は

「何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は……捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない」と規定している、果して本件令状は「押収する物を明示」しているだろうか。

この点を勘案するに先立つて憲法第三十五条第一項の法律上の意義、特にかかる人権保障制度を設けるに至つた歴史的意義を思いおこす必要がある。今更紆説するまでもないが、日本国憲法第三十五条の母法であるアメリカ合衆国憲法修正第四条は、一般令状(general warra-nts)特に援助令状(writs of assista-nce)の禁止を目的とするものであり右両種の令状による一般的捜索押収はまさに合衆国独立戦争の発端となつたものである。

その歴史的意義からも容易に知りうる如く、憲法第三十五条、合衆国憲法修正第四条は、人、場所、物等を特定しない一般的な捜索、押収を禁止し、殊に、その目的とする物件が不明であるにもかかわらず令状に抽象的又は包括的表示をして、捜査官に恣意的な押収捜索を行わせることを防止する趣旨であること明らかである。

特に日本国憲法第三十五条が、捜索押収について、単に裁判所の許可を要件としているのみならず、その許可の存在を令状によつて客観的に明らかにし、殊にその令状に捜査場所及押収物の「明示」すべきこと命じた所以は、裁判官の許可の客観的存在及びその内容、これに基く捜査官憲の執行を、国民の立場から監視し、若し違法違反あればこれに対し直ちに救済を与えることを保障しているからに他ならない。(刊事訴訟法第四二九条第一項第二号同法第四三〇条の準抗告に関する規定はまさしくこの趣旨に副つて制定されたものである)若し、裁判官にのみ捜索、押収の合法性正当性が分つていればよいというだけであるならば、令状に場所及び物件の明示を憲法第三十五条(及びこれに基く刑事訴訟法第二百十九条)が規定し刑事訴訟法第百十条第二百二十二条が、令状の呈示を命じている趣旨が全く失われる。右規定の趣旨は、捜索、押収の合法性、正当性を、処分をうける国民に納得させ又違法不当と思われるときはこれに異議申立の機会を与えることに存する。

さて、以上のような基本的観念より本件差押許可状は果して、憲法第三十五条及び刑訴法第二百十九条の要件に合致する「押収物件の明示」があるだろうか。

令状には「罪名」としては「公職選挙法違反」とあり、「差押物件の表示」としては、

「本件犯罪に関係ある文書簿冊とその他の関係文書(配布先メモ、配布指示文書、同印刷関係書類等)及び犯罪に関係あると認められる郵送関係物件(封筒印鑑等)」

とある。

そもそも「物の特定」としては、その物の具有する性質を表示するか(例えば××会社の○年度勘定元帳とか、何年何月の出金伝票とか、)事件との関係と物との関連において持定するか(例えば、被害者の血がついた衣類とか、当選を得させることを記載した文書とか)の何れかであろう。令状制度の本旨からいえば前者の方法を具体的にとることが望ましい。しかし、捜査の必要上後者の方法をとらなければならないこともあろう。しかし、この場合でも、「事件」と「物」との関連性はあくまで裁判官の判断によるべきであり、又処分をうける国民に常識上理解しえられる程度に明示されることを要する。然るに本件令状は、「本件犯罪に関係ある文書簿冊その他関係文書」或いは「犯罪に関係あると認められる郵送関係物」と記載してあり「関係ある」とか「認められる」とかの認定はすべて執行に当る司法警察員の判断に委ねられている、裁判官は申請書と疎明書類に基き、何が犯罪と関係ありと認められるかを判断して、その結果を特定して表示すべきであり、本件の如く表示するにおいては、結局実質的には、裁判官の判断作用を司法警察員に委譲することになつてしまう。それでは、まさに捜査官憲の専断的恣意的行為をチエツクするという令状制度の本質は全く失われ、探険的捜索押収を許すことになる。

さて論者或いは、本件令状には「配布先メモ、配布指示文書、同印刷関係書類等」「封筒、印鑑等」の例示があるから、他のものの特定にも若干の推察がなしうると説くかもしれない。しかしながら、注意すべきことは本令状でも決して「配布メモ一般」「印刷関係書類一般」「封筒一般」等の差押を許可しているのではなく、「本件犯罪に関係ある」又は「関係ありと認められる」右物件のみの差押を許可しているにすぎないことである。然らばいかにして「封筒一般」から「本件犯罪に関係ありと認められる封筒」を区別することが可能であろうか。これを差押許可申請書や疎明書類と合せて始めて区別が可能であつてはならない。それは令状自体に「物件の明示」を要求している憲法の趣旨と意義に反するからである。

物件の特定の基準となる「本件犯罪」について令状自体から知りうることは、それが「公職選挙法違反被疑事件」たることのみである。それ以外の一切の特定方法はない。果して、これが特定の基準たりうるか。差押処分という基本的人権の重大な制限をうけた国民に、物件の特定を客観的に理解せしめることができるか。

なるほど刑訴法第二百十九条には差押令状に「差押物件」の明示を要求し、「罪名」の記載を要件としながら「犯罪事実の要旨」の記載は要件とはしていない。これが憲法の要求に合するや否やは暫くおき、右法条の趣旨をもつて、本件令状の記載方法を弁護することはできない。何故ならば、罪名の記載は、令状の流用を防止する手段であつて、「物件の明示」とは直接の関係がないからである。若し、物件の特定方法を前記第一の方法により物自体の性質を具体的に記載するならば(××会社の○年度勘定元帳というように)、「罪名」と「特定方法」は何の関係も生じないであろう。

しかし、本件のように「本件犯罪との関係」において物件の特定を試みる以上、そしてその限りにおいて、或程度の「本件犯罪」の特定はどうしても必要である。それは刑訴法第二百十九条にいう罪名記載の要請としてではない。憲法にいう「物件の明示」の要請よりするものである。

試みに思料されよ。罪名に「公職選挙法違反」とあるのみで処分をうける国民は押収された物件が、果して裁判官が許可した範囲の物件なりや否やを如何にして判断できようか。「公選法違反」といつても、その構成要件は実に多数である、現に本件押収品目録記載の物件が何故に「本件犯罪」と関係があるのか。申立人には到底理解しえない。本件の如き特定方法は、捜査官憲のみに理解しえ、処分される国民には全然理解しえない極めて老獪巧妙なやり方である。一体本件令状を発した裁判官にも、例えば「募金芳名簿」や組合の機関紙「したや」や「申入書」等々が何故に「本件犯罪」と関係あるのか説明ができるだろうか。本件差押は、推察するに、著しく当初の目的を逸脱して、令状において被疑者とされている申立人についてではなく、他の何人か(恐らく共産党関係者)の捜査に流用されている疑が濃厚に存する。その実質はまさに憲法が厳禁している「一般的探険的捜索押収」に当ると考える。さればこそ捜査官憲は違法にも、申立人の事務所より、選挙文書ではない共産党関係文書、組合関係文書を多数押収したのである。

かくの如き違法行為を可能ならしめたのはまさに、本件令状の物件特定方法の違法性に由来しているのである。

以上、本件令状は憲法第三十五条及び刑訴法第二百十九条にいう物件の特定を欠き無効なものである。

(2) 本件令状は、刑訴法第二百十九条にいう「罪名」を欠き違法である。

「物件の明示」との関係において具体的な罪名の記載が必要なる所以は前項において論じたが、「押収令状の流用禁止」という令状制度の本旨からいつて、本件のように単に「公職選挙法違反」と記載しているのみでは「罪名」として不充分であり違法たることを免れない。

即ち、公選法は罰則として、第二百二十一条より二百五十二条の二までを設け、その構成要件も多種多様を極めている。ところで、若し、本件のような罪名で足りるならば、文書違反容疑で捜索押収の令状をとり、これによつて買収容疑の捜索押収をされても、少くも処分をうける国民には、それが流用されているかどうかは、全然分らないのである。これは、令状の記載要件を定め、又執行の際令状の呈示を命じている刑訴法の目的にも反する。法はこのような捜査官憲の違法行為に対しては、裁判官によるコントロールのみならず、処分をうける国民自らの手による救済の方法を認めているのである。然るに、本件令状の「罪名」記載方法では、少くも国民自らの手による救済は期待しえない。

論者或いは、捜査差押許可状の記載要件と逮捕状の記載要件とを比較し、前者には後者に要求されるような被疑事実の要旨の記載が要件とされていないから「罪名」の点も、緩やかに解すべきであると説くものがあるかもしれないが、これは論理が逆である。被疑事実の記載があれば、罪名の記載内容はゆるやかに解してもよいのである。捜索差押令状には、被疑事実の記載がないからこそ、罪名のみは厳格に記載しなければ、到底令状の流用という重大な危険、基本的人権の侵害を防ぎえないのである。被疑事実をかかなくてもいいから、罪名も抽象的でいいというなら、罪名の記載をもつて、流用禁止の唯一の保障としている捜索差押令状の制度の本質はどうなるであろうか。刑法犯罪について、刑法違反なる記載を許さないのに、多数の構成要件をもつ特別法について抽象的記載がゆるされるだろうか。

以上、本件令状は罪名の特定を欠き、違法無効のものである。

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